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1974年8月~1975年12月 (株)日本珈琲販売共同機構 創業者 故 山内豊之氏 コラム 全17号

ストレートコーヒーについて


1974年8月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
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 最近コーヒー専門店で、ストレートコーヒーと称して産地別にコーヒーを分けて飲ませることが、コーヒー専門店としての条件のようになっています。
 ところが、このストレートコーヒーの分類の仕方が、見方によっては非常にナンセンスなことと言えるようです。
 コーヒーの主産地である中南米の地図を開いてみますと、中米ではメキシコ、グアテマラ、エルサルバドル、ホンデュラス、ニクワラガ、コスタ・リカ、パナマなどという国は、メキシコを除いて国自体も小さく、国境も隣接して区分する必要がないように見えます。
 同様にベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルーなども南米において大体同じような場所にあります。
 また、ブルーマウンテンを産出するジャマイカにしてもキューバ、ハイチ、ドミニカなどと同じような所にあります。
 コーヒーは元来、品種と言えるようなものはアラビカ、リベリカ、ロブスタの3種で、栽培条件や精製方法の差によって生豆の味が違うわけですから、気象条件や栽培法や精製法に大きな差がない限り、似たような地域で収穫されるコーヒーの味は、大体似たりよったりということになります。
 以前のように栽培法が国によって違っていたころは、国によって随分と違った味のコーヒーが産出されたのですが、最近では品種の交配や栽培法の進化(?)などで、だんだん差がなくなってきています。
 ですからストレートコーヒーの分類も、中南米の水洗式コーヒー(例=コロンビア)、中南米の自然乾燥式コーヒー(ブラジル)、カリブ海高地産水洗式コーヒー(ブルーマウンテン)、インドネシア産(マンデリン)、アフリカ産(キリマンジャロ)、西南アジア産(モカ・マタリ)などのアラビカコーヒーとか、インドネシアのロブスターコーヒーぐらいの大まかな分類以外は意味がないように考えられます。
 この分類にしても、最も品種の良いものを基準にしての話ですから、ただその土地でとれたからといって、カンジンの品質のことを考慮しなければ無意味なことになってしまします。
 本当に専門的な立場に立って考えれば、産地にこだわらずどんな性質のコーヒーであるかを問題にすべきであり、今のような産地別にストレートコーヒーを分類するなどということは、異国情緒を楽しむオアソビにしかすぎないといえましょう。

サイホンコーヒーについて


1974年9月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
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 最近サイホンコーヒーの店という看板をよく見かけます。
 これは恐らく、自分の店はサイホンでコーヒーを淹れているから、他店に比べて美味しいぞ、という意思表示だと思います。
 私もコーヒーにとりつかれるキッカケとなったのが東京渋谷にあるサイホンコーヒーの店のコーヒーに入れあげた結果なのですから、サイホンコーヒーを馬鹿にしたり、粗末にするとバチがあたります。
 ただ、あのサイホンという器械は私のように(?)馬鹿正直な器械で、コーヒー豆の性質を実に正直に出してしまいます。
 言い換えれば、良い点も悪い点もみんなさらけ出してしまうという美点(?)があります。
 品質の良いコーヒー豆を使えば良質のコーヒーが抽出されるし、悪ければこの反対とハッキリと結果の出る器械です。
 私が皆さんにサイホンを使わずペーパーフィルターを使えというのは、ペーパーフィルターであれば、良い面だけを引っ張り出して、悪い面はそのままそっとしておくという機能があるからです。
 良い面=美味しさの要素=カフェオール、カフェイン、カラメルなどは十分抽出させておいて、悪い面=まずさの要素=タンニン(ピロガロール酸)などは抽出を押さえるようにすれば、少々コーヒーの質が悪くても美味しいコーヒーが得られる訳です。
 その点サイホンですと、コーヒー豆の成分をほとんどみんな抽出してしまいますから、よほどコーヒー豆の質が良くなければ、美味しいコーヒーは得られません。
 ところで、世界のコーヒー事情は年々品質の低下の方角へ向かっていっています。
 ブラジルではポンド・ヌーブという大量に採れる品種が作付面積の大半を占め、ブルボン種といったような本来のブラジルコーヒーはすたれています。
 他の国でも同様で、品種が病虫害や霜害に強く、多収穫であるというふうに改良(?)された結果、味の方は低下する一方であるというのが現状です。
 こうなって来ると、我々コーヒー党の者でも対応策を考えなければならなくなる訳ですが、焙煎等でカバーできない点は、調理段階でサイホンのような馬鹿正直な器械は敬遠するといったふうな自衛策が必要になってくると思います。
 街角に立つサイホンコーヒーの看板、その善意と信頼を裏切る世界のコーヒー業界の動き。
 こんなことをしているとコーヒーという飲物そのものが大衆にソッポを向かれるぞ、という危機感。
 私は一人のコーヒー愛好家として、十数年前に飲んだ渋谷のサイホンコーヒーの味を想い出しながら、複雑な感情が胸の中をよぎるのです。
(山内豊之)

インスタントコーヒーとレギュラーコーヒーの違い


1974年10月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
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 一ヶ月程前のことです。日珈販の配送センターに自社の自動販売機に日珈販で販売している高級コーヒー豆「ぽえむ」を使いたいので、ぜひ卸してほしいという引き合いがありました。
 日珈販はコーヒー豆の卸売業者ではありませんので、加盟店以外には供給できないことを申し上げてお断りしたのですが、あとから考えてみるとオカシナ話なのです。
 と申しますのは、話の様子では使いたいという対象はインスタントコーヒー用の自動販売機なのです。「ぽえむ」はレギュラーコーヒー。一体どうして使おうというのでしょう。
 私の考えでは、話をしに来られた方は、インスタントコーヒーというものはレギュラーコーヒーをゴク細かく挽いたものであると思っていられるのではないでしょうか。それで、美味しいという評判の「ぽえむ」というコーヒー豆を買って細かく挽いて使えば、美味しいコーヒーが自動販売機で抽出できるとお考えになったに違いありません。
 コーヒーについての知識を十分にお持ちの方には、ナンセンスかも知れませんが、案外、インスタントコーヒーとはどんなものか知らない人が多いようです。
 インスタントコーヒーは正確には「ソリブル(可溶性)コーヒー」といって、コーヒーの抽出液を乾燥、または凍結分離させて抽出液中の水分を除出したものをいいます。
 水や湯に簡単にとけ、コーヒーの溶液を作ることから、インスタントコーヒーの愛称で呼ばれ、コーヒーの抽出液を凍結させ水分が氷となって、分離するのを利用して作ったものをフリーズドライと呼びますが、最近ではフリーズドライが人気を呼んでいるようです。
 インスタントコーヒーの良さは、なんといっても手軽さですが、その欠点は致命的ともいえる味の悪さです。それは、インスタントコーヒーがコーヒー液を抽出した上で脱水するという工程を得るため、どうしてもその過程で酸化しやすいということなのです。
 ご存じの通り、コーヒーの抽出液は実に不安な物質で、なかでもタンニンはすぐに酸化してピロガロール酸という嫌な味の物質に変わるだけでなく、酸化したタンニンは水に溶けにくくなりますので、折角のインスタントコーヒーの味が水っぽくなったりします。
 しかしわが国では、インスタントコーヒーの伸びのおかげで、レギュラーコーヒーの愛好家もふえているのですから、あまり馬鹿にしたものではありません。
 偉そうな能書きをいっているコーヒー店にしても、何杯もコーヒーをとりだめして、客の注文に合わせて温めて出してくるような店のコーヒーは、インスタントコーヒーよりはるかにまずいものが多いようです。
 それもそのはずでしょう。手間ひまかけてレギュラーコーヒーを淹れるということは、少しでも新鮮なコーヒーを飲もうということなのですから、インスタントコーヒーが、いわばたてざましのコーヒーであるとすれば、コーヒー屋のコーヒーがまずくて飲めたものではないということはいうまでもありません。むしろ、インスタントコーヒーの方が美味しいくらいです。

喫茶店のコーヒー代について


1974年11月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
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 だいぶん旧聞に属することですが、先頃、米価の値上げを答申した米価審議会の会場へ入ろうとする渡辺農林政務次官と消費者代表とのやりとりをNHKのテレビニュースで見ましたが、その中で、渡辺次官は「値上げ値上げというが、たかだかコーヒー一杯の値段じゃないか」というようなことをいいました。
 どういうわけか、何か値上げなどということがあると、「コーヒー代」がひき合いに出されるようです。
 その人達の意見では、どうやらコーヒー代なるものは、実にムダなクダラナイ出費のように聞こえるのですが、本当にそうなのでしょうか。
 先日、私は、あるデパートから頼まれて「コーヒーはゆとりの文化のバロメーター」なる一文を書きました。内容は、コーヒーの消費量をみてみると、スウェーデン等の北欧三国が世界の上位を占め、アメリカ、西ドイツは中位、日本は最下位グループにランクされている。これは、北欧三国のように社会保障が完備され、国民生活にゆとりのある国の人々はコーヒーをたくさん飲み、いくら物質文明が盛んであっても、精神にゆとりのない国ではコーヒーの飲まれる機会は少ないということが言えます。
 だから、早く日本も、ゆっくりとコーヒータイムを楽しむ人が多くなるような、心の分野で豊かな生活を送ることのできる国になりたいというようなことでした。
 考えてみれば、日本で喫茶店というものが、他の国に見られない形で繁盛しているのも、いわば自分の家庭で得られないゆとりの一刻を、家の外に求めようとすることで成り立っているのではないかと思います。
 渡辺次官のように、多分立派なお住居(ご本人はそう思っていないかもしれませんが)に住める身分の方には判らないでしょうが、日本国民の大半は、ゆとりの一刻を楽しむため、セセコマシイ喫茶店の片隅に身を置かなくてはならないのが現状なのです。
 そのささやかな楽しみすら、ガス料金が上がるとコーヒー一杯分、お米が上がってコーヒー一杯分、電気で一杯、地下鉄が上がって一杯と、節約を強制されてはたまったものではありません。
 渡辺次官ドノ、今すぐに日本国民全体に、ゆっくりとコーヒーを楽しめるような、ゆったりとした住居を与えてくれるような政治をしてくれとは申しませんが、毎日のコーヒーの一杯ぐらい飲ませていただけるような政治はしていただきたいとお願い申し上げます。
 ところで、たかが一杯のコーヒー代とおっしゃるこのコーヒーのお値段、一杯二百円~二百五十円では少し高いと思いませんか。
 一日一杯飲めば一ヶ月に六千円から七千五百円、出費の多くなった庶民のフトコロにはズシンと響く金額です。少しはなんとかならないだろうかと考えたくなるのが人情です。
 正直な話、喫茶店のコーヒーの原料代は二十パーセントそこそこ。あとは三十パーセントが人件費、家賃と借家保証金の償却が十パーセント、水道高熱費だけでも五パーセント、消耗品等が五パーセント、店舗の改装費の償却が五パーセント、その他の諸経費が十パーセント、残りの十五パーセントで銀行からの借金の利息を払ったり、お客様に少しでも良い雰囲気でコーヒーを楽しんでいただこうと、店の装飾や展示した絵画などにお金をかければほとんど残りません。その店のマスターやママさんが自分でコーヒーを淹れたり運んだりすれば、それだけが残るといった勘定です。
 お客も高いコーヒー代を払い、店もたいして儲からん、全く妙な話です。
 ネェ、渡辺次官ドノ、
「たかが一杯のコーヒー代ぐらい」もう少しなんとかならんもんでしょうかネェ?

なぜ美味しくない家庭で飲むコーヒー


1974年12月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
kyowakoku1974-12-150-240
 私の友人にとてもコーヒーの味にウルサイ男がいます。自他ともに許すコーヒー通だそうで、彼の勤め先に私が訪ねたりすると、近くのコーヒー専門店へひっぱっていかれ、専門家の私がスッカリお株をとられるようなコーヒーに関する知識をブチあげられたりします。
 その彼のお住居へ、先日、急に用ができておじゃまいたしました。
 私どもの同年代ではなかなかやり手の彼の住居は、わが家のようなマンション住いではなく、一戸建の豪邸でした。そして、かねてから美人の噂の高い奥様がシズシズとコーヒーを持って現れたのですが、そこでユカイな事件が起こったのです。
 そのコーヒーがインスタントコーヒーだったのです。
 日頃コーヒー通と威張っている彼ですから、その時の慌てようは気の毒なぐらいでした。
 彼は色々と弁解するのですが、結論をいえば家ではインスタントコーヒーで我慢しているということなのです。私はその彼の弁解を聞きながら、逆に、彼の舌は自分が今まで考えていたより、もっとコーヒーに関して正確な味覚を持っているように思えたのです。
 それはどういうことかといいますと、彼は奥さんに命じていろいろなコーヒー器具を買いこみ、いろいとなコーヒー売場からコーヒー豆を買って来て、いろいろと試してみたが、結局、現在飲んでいる輸入品のフリーズドライタイプのインスタントコーヒーに勝るものがなかったということなのです。
 実をいうと、私もこのような考えの持主なのです。正直なところ、今ブームのコーヒー専門店で出しているコーヒーなんていうものは、ごく一部を除いてただコーヒーの卸屋さんの持って来た豆をサイホンで淹れて出すといった程度のものでしかありません。
 「ぽえむ」のようにコーヒーの原料生豆の買付けから、加工方法にまで焙煎業者をコントロールしているところは殆ど皆無といっていいと思います。
 ですから、お客様はコーヒー専門店の持つムードや演出に酔わされて、そこで出されるコーヒーが美味しいと思いこまされてしまいますが、本当は、コーヒーの味そのものは大して美味しいコーヒーではないのです。それにわが国のコーヒー業界が品質なんかお客様に判りっこないという考えに立って、いたずらに粗悪な安値の原料豆ばかり買いあさっている限り、美味しいコーヒーが製造されるわけがありません。
 私は馬鹿の一つ覚えのようにいっているのですが、そんなことをしていると今にコーヒーそのものを飲む人が減ってしまいます。
 コーヒー愛好者の方たちがはそれと知らず、家庭で淹れても美味しくないコーヒーの原因を自分の淹れ方の悪いせいだと思いこまされて、大して美味しくもないコーヒーに高いお金を払っているわけです。
 悪い豆を使って、美味しいコーヒーが淹れられるわけがありません。
 私の友人も「ぽえむ」のコーヒーとペーパーフィルターのセットを一式プレゼントしたところ、自宅でも本物のコーヒーが飲めると大喜びでした。
 そんなことを考えあわせると、わが国のコーヒー市場で良質の豆が扱われるようになると、コーヒー党の皆さんはいつでもどこでも美味しいコーヒーが飲めるし、コーヒーの消費も増えて、業者も儲かると思うのですが、いかがでしょう。
 業者は、喫茶店のオヤジさんたちがコーヒー豆の値段を値切るからだといいますが、真相はどうなんでしょう。どちらにせよ、コーヒー党の皆さんがムードや演出に惑わされず、本当においしいコーヒーを選ぶことが一番大切のようです。