珈琲屋風雲録 第五話


1975年11月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より

珈琲共和国1975年11月
珈琲共和国1975年11月

業界に旋風おこる
メリタ取扱いがきっかけ——-
私共と日本珈琲貿易さんがお近づきになったのは、メリタ製品の取扱いがきっかけでした。
ある日、私のところへキャラバンコーヒーの当時の城南営業所長であった沢田邦彦君(現営業第二部長)と日本珈琲貿易の鈴木正章さん(現キタヤマコーヒー)が連れ立って来られて、今度メリタの日本総代理店としてメリタの商品を輸入するから使ってくれないかと言います。当時ぽえむではカリタ製品を使っておりましたし、カリタさんからは開店当初少しシーリングの甘いフィルターペーパーをたくさん無償でいただいた義理もあったので私は気乗りがしなかったのですが、鈴木さんが非常にメリタ製品普及に情熱を持っておられたのと、ちょうどその頃使っていたデミタスカップの口にカリタの101型が合わず抽出したコーヒーが洩れて困っていましたので100型(現1×1型)という1人用のものを使わせていただくことにしました。
使ってみるとペーパーの質はメリタの方がよく、プラスティックのフィルターの無機質も、当初心配したような客からの反発もなく、軽くて使いやすく、カップのフチを傷つけるようなこともないので、次第次第に全面的に採用することにしました。
そんなことがご縁で、私共と日本珈琲貿易さんとはキャラバンコーヒーさんを中にはさんで親しくなりました。
最近ではメリタもすっかり有名になりましたが、当時メリタを真面目に取り上げようと考えたのは、わが社の他に、キャラバンコーヒーさんと京都のオガワコーヒーさん位のものでしたから、自然日本珈琲貿易さんとわが社はメリタを通じて親密の度合いを深めていったのです。ですから当時の私共としてはメリタの輸入総代理店としてメリタ商品の販売を伸ばそうとする日本珈琲貿易さんと、メリタによるコーヒーの抽出とメリタ商品の販売ネットを創ろうとするわが社が提携しようといっても、決して不思議ではなかったのです。

コーヒー業界の商習慣——
しかし、その当時も現在もわが国のコーヒー業界は商社・生豆問屋・焙煎業者の結束は固く、喫茶店の経営者や一般消費者には絶対に手の内を見せないというのを商習慣にしていますので、私共のような喫茶店業者と生豆問屋の日本珈琲貿易さんが、たとえキャラバンコーヒーさんという焙煎業者が仲介してとはいえ、直接に接触するということは大変なことで、このことは業界内部で、当の日本珈琲貿易さんはもとより仲介したキャラバンコーヒーさんへも風当たりが強かったようです。
私が考えるところ、両者ともに業界では力のある会社ですからウルサク言われた位ですんだのでしょうが、これが弱小業者だったら軽くて私共へのお出入り差し止め、重ければ業界の村八分ということになったでしょう。
私にいわせると、本来商売というものは相手にその商品の内容をキチンと話をして、その内容にふさわしい値段で売り渡すのが正しいあたりまえの取引の仕方なのですが、コーヒー業界では、喫茶店などの経営者に情報を与えずして無知におとしいれ、その無知につけこんで法外な値段でコーヒーを売りつける商法があたりまえでしたから、そのようなセクト主義、秘密主義を貫く必要があったのでしょう。
ある焙煎業者がブラジル4、コロンビア3、モカマタリ3のブレンドだと称しているコーヒーが、実はブラジルのIBCといわれる格下品とアイボリー・コーストのロブスタ種やペルーの安物しか配合されていないなどということは業界では珍しくありませんでしたから、零細な規模の業界でなかったらとっくの昔に公正取引委員会のヤリ玉にあがっていたでしょう。私はそのような事実を焙煎業者の退職者から聞き出し、マスコミなどに暴露しましたから、私に対する業界の反発はたいへんなものでした。
いくら業界から反発されようと、私には私の考えを支持して私の店でコーヒーを飲んでくれる顧客がいますから全然平気でしたが、私への情報提供者というヌレギヌをかけられた日本珈琲貿易さんやキャラバンコーヒーさんはとんだ迷惑だったであろうと思います。
そんなことですので、当時日本珈琲貿易の武田佳次社長の先見性と決断と勇気がなかったら、とうていそんなことはできなかったでしょう。

メリタのPRする6gコーヒーは本当に安上がりか?


1975年11月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より

珈琲共和国1975年11月
珈琲共和国1975年11月

最近、コーヒー業界の話題になっていることの一つに「メリタの6gコーヒー」があります。
今までのわが国コーヒー業界の常識としては、コーヒーのカップ1杯あたりの標準使用量は10gということで、コーヒー専門店などでは12gから15gも使用するところがあります。
私共ぽえむでも、ジャーマンロースト1杯あたり12gというのが基本ですから業界の常識とは大して変わっていません。
ところが、今度メリタでインスタントコーヒーより安いということで6gコーヒーの宣伝を始めたものですから、近年喫茶店のコーヒーの消費量が年を追うごとに落ち込み始めているコーヒーの卸業者(焙煎業者)が、これ以上コーヒー消費量が減ってはたまらないとカンカンになって怒り狂っているようです。
7月号の本誌でも6gコーヒーを取り上げたところいつも本誌を目の敵にしている焙煎業者の方から、攻撃の仕方がてぬるいではないかと妙な励ましの言葉をいただき、当惑させていただきました。
私はこの6gコーヒーについては、7月号でも述べたとおり、あくまでもコーヒーを飲む本人の好みであって、6g使って淹れようが2g使おうが、それは本人の勝手だと思います。
ですから、メリタが6gコーヒーをPRしているからといって、メリタを使って淹れているぽえむのコーヒーを6gに減らす気は全くありません。
ぽえむはぽえむの味として研究し、創りあげてきたコーヒーの美味しさを絶対に崩す気はありません。
しかし、コーヒーを飲む当人が、自分は6gしか使わない薄いコーヒーがよいというならば、それに反対する気も全くありません。
そんなことより、私は6gコーヒーの方が安上がりだというメリタの主張も、6gコーヒーが普及したらコーヒーの消費用が減るという焙煎業者の主張も、どちらも間違っていると思います。
なぜならば、私が見たところではコーヒー好きな人ほど薄いコーヒーを好む傾向があるからです。そして、薄いコーヒーほどお腹にたまらないので何杯もお代わりできるからなのです。ということは、薄いコーヒーだとついつい飲みすぎて安上がりどころか買って来たコーヒーがたちまち底をつくということになってしまいそうです。ですから、私は焙煎業者の方たちが心配するようにコーヒーの消費量が減るどころか、かえって増えるのではないかと思うのです。
ただし、これはあくまでも家庭用のコーヒーの話であって、コーヒー専門店や喫茶店などではふところの都合でコーヒー代のお代わりがすすむというわけにはいきません。
やはり高いお金をとってコーヒーを提供するからには、1杯で充分に満足していただけるだけの中味をもったコーヒーを提供すべきでしょう。
むしろ6gコーヒーで気になるのは、極細挽き(ファイングラインド)にしろということの方です。
メリタの生まれ故郷の西ドイツのように良質のコーヒーが輸入されているところなら、いくら細かくなっても問題はないでしょうが、わが国で売られているようなアフリカ産のロブスター種や安物のアラビカ種のたくさん入ったコーヒーを細かく挽いて、それに含まれている成分を充分に抽出したら、そんなことになるでしょうか。
私は、そのためにせっかくメリタで淹れたコーヒーがインスタントコーヒーよりまずくなって、再びレギュラーコーヒー党をインスタントコーヒー党に追いやる方が心配です。
実のところ、私はたいへん薄いコーヒーが好きですが、たいがい濃いコーヒーを湯で割ったり、ちょっぴりぜいたくをするときは多量のコーヒーを粗挽きにしてさっと手早く淹れて飲んだりします。
まあそれがいちばんコーヒーの美味しい飲み方でしょう。
でも、もしもメリタがPRするように6gコーヒーをファイングラインドで淹れて、そして美味しいコーヒーが飲めるものならそれにこしたことはありません。
私も、そんな美味しい良質なコーヒーがフンダンにある国に、日本がなってもらいたいと思います。