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1972年4月~1975年4月 (株)日本珈琲販売共同機構 創業者 故 山内豊之氏 コラム 全36号

コーヒー党宣言 今のコーヒー業界は藩閥政治 コーヒー党の手で討幕運動を


1974年6月1日コーヒー党の機関紙「珈琲共和国」より
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 連日、私は幕末の奇妙な殿様山内豊信(容堂公)の甥の孫ということで、NHKの「この人と語ろう」という番組の司馬遼太郎さんのお話相手としてテレビ出演しました。
 ご覧になった方もあろうかと存じますが、このときの出演者が表向きは10人の中堅サラリーマンということで、私のようなサラリーマン脱落者は出演者の中では刺身のツマ、つまり容堂公とかかわりあいのある人物というだけでひっぱり出されたのだ、ということがすぐお判りかと存じます。
 しかし、そのおかげで私はこれを契機に食わずぎらいであった司馬文学を読むようになりました。
 そこで大変面白いことに気づいたのは、司馬さんが好んで書かれる幕末にコーヒー業界というものが実によく似ているということです。
 幕末政治というのは、いわば政治というものをすべて武士階級で独占するために都合のよい政治でした。
 今のコーヒー業界というものが実はこの幕府政治のように、コーヒー(政治)というものをコーヒー業界の都合のよいように操れるようにできているのです。

■山内晋作灰土に立つ■

 いわば封建時代における藩が焙煎業者です。その家来であるのが喫茶店のオヤジ連中です。さしあたりバーテンさんたちは足軽といった役柄でしょう。
 ここまでが武士階級であり、政治(コーヒー)にかかわりあうことのできる連中で、それ以下の町人や農民たちは黙って時の政治に従って(コーヒーを飲む)さえいればよく、余計なことは考えるなといったわけだったのです。
 つまり武士階級(コーヒー業界)に都合のよいやり方さえやっていればことが足りたのです。
 しかし、やがて武士階級は次第に町人階級に経済の実権を握られ、武士の政治のやり方ではやれなくなってきました。
 同様、今のコーヒー業界も原料豆の高騰や経済の増大や町人階級である家庭でのコーヒー消費の伸びなどによって業界の都合だけではコーヒー業界が成立っていかなくなりました。
 そこへもって、味の素ゼネラルフーズやメリタ・ジャパンといったオロシヤの船や黒船がやって来たので、当然、維新の気運が増大してきたわけです。
 コーヒー業界の坂本竜馬兼高杉晋作のつもりでいる私もにわかに忙しくなって参りまして、あるときは竜馬、またあるときは晋作という大活躍を続けているわけですが、誠に不思議なことに、あたかも幕末のごとく討幕の気運は大いに高まっていくのです。
 私の説得で、日本で指折りの流通業がコーヒー業界に進出しそうな気配を見せてきました。これは晋作流にいえば、日本が外国と戦い敗れることによって、その灰土の中から新しい日本を作ろうと考えたように、現在日本のコーヒー業界の第一人者である上島コーヒー本社の数十倍、数百倍の能力、資本力を持った企業をコーヒー業界へ参入させることにより、今のコーヒー業界をたたき潰して、その灰土の中から新しく正しいコーヒー業界を作ろうという考えと同じものです。

■ぽえむ人民軍は珈琲維新へ■

 一方、山内竜馬の方は、薩長連合ともいうべき業界の大同団結に走りまわっていますが、これもうまくいきそうなのです。
 現在、互いに販売網を競い合っている者同士が、コーヒー業界革命のために、外敵、即ち外国系資本や新規参入企業に対抗しようというもので、今まで対立関係にあったものが手を握り合うということができそうなのです。
 明治維新が、吉田松陰という青年の、当時としてはとんでもない発想に端を発し、坂本竜馬・高杉晋作の手を経て、まさかと思われるような革命が成立したように、今やコーヒー業界は珈琲維新・珈琲元年に向かって徐々に走り始めて吉田松陰という青年の、当時としてはとんでもない発想に端を発し、坂本竜馬・高杉晋作の手を経て、まさかと思われるような革命が成立したように、今やコーヒー業界は珈琲維新・珈琲元年に向かって徐々に走り始めています。
 明治維新が成立したのは時代の流れでした。時代の要求でした。
 これと同様なことがコーヒー業界でもいえます。
 コーヒー業界の人達が私のいうことを何のたわごとと馬鹿にしていると、幕末に長州藩の正規軍が、数十分の一の人数しかいない、しかも百姓で組織された奇兵隊に敗北、そして、それが契機となって討幕という大きな事態へ発展していったように、私の率いるぽえむチェーンといった素人で組織された軍隊が、従来の焙煎業者という正規軍に局地戦で勝ち、それが革命軍の士気を高め、参加者を増やし、また連合の気運を生んで業界革命へと動いていくことも不可能なことではありません。
 さて、このノストラダムスの大予言に匹敵するがごとき予言が当るかどうかは来年あたりのお楽しみとして、最後に私がいいたいことは、明治維新が結局藩閥政治を生み、そして、それが今日の日本のごときものを作りあげた失敗は、政治の当事者である人民が維新に参加しなかったからだと思います。
 ですから、このコーヒー維新については、ぜひ当事者であるコーヒー党の皆さんの積極的な参加をぜひとも得たいのです。

コーヒー党宣言 これからどう動く? 我が国のコーヒー業界


1974年7月1日コーヒー党の機関紙「珈琲共和国」より
kyowakoku1974-7-150-240         

-小室博昭氏・某生豆問屋社長との会見から-

 
過日、私はかねてからお会いしたいと思っていた小室博昭さんにお会いする機会を得た
 小室さんは、世界で一番の舌をもつ男と言われるコーヒーの鑑定人である。
 我が国では、コーヒーの鑑定人といえば、コーヒーを飲んでみて、美味しいのまずいのといっている人間ぐらいにしか考えてみないだろうが、小室さんが現在おられるブラジルをはじめ、世界の貿易市場でコーヒー鑑定人といえば、たいへんな大物なのである。

鑑定人の・ちから
 なぜならば、コーヒー消費国のコーヒー輸入商社は鑑定人の舌を信じてコーヒーを取引するのが習慣となっており、鑑定人が別の会社へ移ったりすると客もみんなその鑑定人の移った会社へ移ってしまうぐらいの強い影響力を持っているからなのである。
 だから、ブラジルのコーヒー会社などでは、鑑定人が社長の2倍以上もの給料をもらっていることなど当然のことなのである。
 小室さんは、明治大学を卒業後単身ブラジルへ渡られ、日本人としては初めてブラジルコーヒー院の鑑定士の学校を卒業された方で、現マルベニコロラド社の支配人も兼ねる超大物の鑑定人なのである。
 数年前から、日本人の手で作ったコーヒーを日本の人達に飲んでもらいたいということで、毎年一回来日され、コーヒーの正しい知識の普及を通じで、ブラジルで生産されたコーヒーのうち品質の良いものをどしどし輸入してもらいたいと努力されている。
 私も小室さんのお話はその第一回目の来日のときから伺っていたのだが、なぜか引合わせてもらうことが出来ないままだった。
 今年は、数年目にしてあこがれの小室さんにある人の仲介によりやっとお会いすることが出来たのだが、なぜ私が小室さんとなかなかお会い出来なかったのかの意味を十分に理解することができたのである。
 私がどのように理解したかについて述べることは、仲介人に対して非常な迷惑を及ぼすことなので詳しくは語れないが、賢明なる「珈琲共和国」の読者ならばその会談問答がどのようなものであったかは推察していただけると思う。
 会談問答のうち差しさわりのないことを述べれば、小室さんたちがブラジルで真剣に美味しいコーヒーを作るために努力されていることなど我が国には知られていない。
 たとえば、現在ブラジルでは「新世界」と呼ばれるスマトラ種とブルボン種の交配種が多く栽培されている。これはこの新種が在来のブルボン種より霜害や病虫害に強く収穫量も多いからであるが、味の方ではかなり落ちるということである。

コーヒーを・知る
 そこで小室さんたちはコロラド農園という新しいコーヒー農園を開き、そこにブルボン種を植えて、美味しいコーヒー作りに乗出したということである。
 このようにして、何とか美味しいコーヒーを作ろうとしているのだが、どうも日本のコーヒー業者は安い品物や、見てくれが良くて味はそれほどでもないものばかり追って、本当に良い品質のものは買ってくれないとボヤイておられた。
 日本人として日本人が心をこめて作った美味しいコーヒーを、日本の人達にぜひ飲んでもらいたいのだが、この調子では、せっかくのコーヒーもみんな欧米行きとなってしまいそうだということである。
 正直な話、このオシャベリな私が会談中ほとんど発言する気を起こさないほどいろいろな真実を話していただいた。
 そして、いかにわれわれがコーヒーというものを知らないかということを、イヤというほど知らされた。
 と同時に、私は日本人の中にもこれほどコーヒーに情熱を注ぎ、日本のコーヒー業界正常化に熱意を燃やしている人がいることを知って、大いに闘志をかきたてられたのである。
 小室さんはまだ30歳代の青年である。
 私もやっと40歳、これからコーヒー業界は面白そうである。

☆ ☆

同じ日、ある生豆問屋の社長にお会いした。これまた、従来のコーヒー業界のあり方からみれば異例のことである。
 会談の目的は、取引先の焙煎業者でのコーヒー豆のひき売りを伸ばして、コーヒーの取引をふやしたいので「ぽえむ」で実績のある私に知恵を借りたいというのである。

サイホンを・砕く
 私は、簡単なことです。私にステッキを一本下さい。そうすればコーヒー専門店のコーヒーサイホンを全部砕きます。私はサイホン自体は悪いとは思いませんが、サイホンがコーヒーを淹れることを面倒なことだ、という印象を与えていることがいけないと思います。メリタのような簡単な器具を店でも使えば、コーヒー豆のひき売りはたちまち増大します。コーヒー業界とは妙な業界で、業者がコーヒー豆を売れないように売れないようにして自分の首をしめている。なぜあんなにコーヒー専門店にサイホンを奨めるのでしょう。不思議な業界で、常識では理解できません。と申上げたところ、相手の社長は大笑いされ、それでは金のステッキでも差上げましょうということになった。
 私はその日2人の方に会い、異質の経験をしたが、そこに我が国のコーヒー業界の縮図を見た思いがしたのである。
 さて、これからのコーヒー業界はどう動くのだろうか?

広い見地で業界に役立つ人材の養成を


1974年8月1日コーヒー党の機関紙「珈琲共和国」より
kyowakoku1974-8-150-240

デリカップコーヒーアカデミーの開校に期待する

 日本で最初のコーヒー専門学校が、近く東京・西新橋のワタルビル6階に開校するということである。
 このコーヒー専門学校は、デリカップコーヒーアカデミーといって、生豆問屋のワタル㈱と大手商社の三菱商事が合弁で、コーヒー専門店のチェーン展開を目的に設立した日本デリカップ㈱の経営によるものである。
 日本デリカップとしてはすでに北海道美鈴コーヒー㈱や仙台服部商会の焙煎業者2社と北海道、東北に3店の店舗展開を行っているが、その店長やスーパーバイザーを養成するために学校が必要だということで、コーヒー専門学校を開校することになったということである。
 
【設備は最高 問題は中身】
 私もワタル㈱の好意で、その教室を見せていただいたが、実習室・講義室各50名を収容でき、最新式のビデオ設備等を備えた立派なものである。
 最近、私も喫茶学校から臨時講師として講演を頼まれることが多く、学校設備を見る機会が多いのだが、このデリカップコーヒーアカデミーは、設備の点から見れば最上といっていいと思う。
 たまたま教室に日本デリカップの貞住取締役がおられて感想を求められたので、つい「設備に限っては満点ですが、問題は講義内容でしょう」などといってしまい、また例によって一席ブタサレル破目となってしまった。
 そのとき私が述べさせていただいた意見というのは要旨次の如くであった。
 三菱商事、ワタルというわが国コーヒー業界の重鎮が作った日本デリカップのコーヒーアカデミーなのだから、その影響力は大きなものであろうと予想される。
 特に、世界的な生豆の高騰、コーヒー協定における経済条項の廃止、メリタ・ジャパンの上陸等、激動期を迎えたこの時期に、わが国で初めて本格的なコーヒー専門校の開校される意義はきわめて重大である。
 今後、わが国にもコーヒー専門学校がいくつか開校されるであろうが、その先達になるわけだからその責任は重い。

【コーヒー業界の機関に】
 デリカップコーヒーアカデミーとしては、日本デリカップの構成員に益するのみならず、広くわが国コーヒー業界全体のレベルアップに貢献するような行き方をすべきで、それでなければ開校の意義が薄れる。
 その意味から、デリカップチェーンのための人材養成機関というのではなく、コーヒー業界全体のための機関であってほしい。
 また、その教育方針は従来の喫茶学院というものが学問のための学問という傾向が強く、卒業しても学校で学んだことが現実に役立たないケースが多い。
 この学校では、実際に使いものになる人間を養成するための教育をやってほしい。具体的にいうと現場を重視するということで、理論的な勉強と同時に、実際にコーヒー業界に従事している人などをどしどし講師に登用し、現場と教育の場の距離をなくすようにすべきである。
 それにコーヒー業界は、ほかの産業に比べて非常に遅れているので、他業種のノウハウをどしどし取り入れるべきで、そうしなければコーヒー業界は外資や他業種の参入によって我々従来の業者ははじき出されてしまう。

【社団法人の構想】
 また、経営的な面からみても、門戸を広く業界全体に開き、実戦に役立つ人材を育てることは、業界全部の方々の支持をうけることになるであろうから、その方が得策であると申し上げた。
 そしてアカデミーの卒業生には、その過程に応じて、日珈販で行っているような「コーヒー取扱主任」「コーヒー販売士」「コーヒー指導員」等の資格を与え、その資格を権威づけるために我々コーヒー業者が集まって社団法人のような団体を作り、国家的基準を作って認定するならば、コーヒー業界に従事する者の地位の向上にもつながるのではないかと申し上げたところ、取締役からもご賛同を得た。
 この若い重役のデリカップアカデミーにかける情熱や、ワタル西林社長の業界予測の正確さからみて、私はこのアカデミーが、わたしの理想とする方向へ進んでいきそうな気がしてならない。
私は、デリカップコーヒーアカデミーに大いなる期待をかけるとともに、関係者の先見性と指導性を信頼したいと思う。

コーヒー生豆の品質管理不在


1974年9月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
kyowakoku1974-9-150-240

責任を負うのは生豆問屋か?焙煎業者か?

 私は8月よりある焙煎会社の顧問を引き受けることになりました。
 顧問の仕事というのは焙煎のアドバイスをするということになっているのですが、考えてみれば妙なことなのです。
 焙煎では素人の私が、焙煎のプロフェッショナルである焙煎業者のアドバイスをするということなのですから、頼む方の社長も社長なら、頼まれて引き受ける私も私の方です。

)))顧問初仕事(((
 そういったところで、要するに煎上がったコーヒー豆に対して焙煎に対しての素人である私が、コーヒー販売業のプロフェッショナルとしての意見を述べる。そうして、よく売れるコーヒーを作るということだというふうに勝手に解釈した上で私は顧問の仕事をすることになりました。
 そこでその会社の工場責任者の方といろいろ相談して、まず手初めに生豆の品質を揃えることからやろうということになりました。なぜならば、煎豆の品質を揃えるためには生豆の乾燥度や粒の大きさ固さ等にあまり差異があり過ぎては、いくら焙煎の段階で焙煎温度や排気の具合や焙煎時間を調節しても、品質=味のバラツキは避けられまいと考えたからなのです。
 事実、いろいろなテストを何回か繰り返した訳ですが、我々の腕が未熟なのか「浅煎りのコーヒーは枯豆が風味よく煎上がったし、深煎りのものは水分の多いニュークロップが上手く煎上がる」という結果を得たのです。

)))生豆問屋の実体(((
 その結果をもとに、我々はコーヒー豆問屋さんにサンプルを持って来てもらいました。ところが幸いにも生豆問屋さんのサンプルの中に、我々の望む品質のコーヒー豆が見つかりましたので、我々は大喜びで必要量を注文したのです。
 ところがどうでしょう。
納品された品物はサンプルとは大違い。しかも、納品されたコーヒー豆が1銘柄10袋だとすれば、10袋が10様にみな違うという有様でした。
 早速我々は文句をいいましたところ「指定の銘柄をお届けいたしました」という、木で鼻をくくったようなご返事です。私は正直なところ驚きました。私は日本の生豆問屋の方ならば、喫茶店経営9月号の小室博昭氏(アルベニコロラド支配人)の文章を読まなくても、コロンビアのFNCであるとか、ブラジルサントスNO2であるとかいう呼称が、本質的な品質と無関係であるということを知らないはずはないと思っていたし、焙煎についても十分な知識をお持ちだと思っていました。
 しかし、よくお話を伺ってみると、焙煎のことなどは全く無知だといって良いぐらいだということが判りました。
 そこで、我々はコーヒーの生豆の品質と煎上がりの関係を説明したのですが、たとえその理由がわかったとしても、現実には生豆を保管してある倉庫の中にバラバラに積み上げてあり、この中から品質の揃ったものだけを選びだすことは不可能に近いということでした。
 しかしそんな言い分を認めていれば我々は仕事になりません。私も折角ありついた顧問の口をフイにして、乏しい財布がいっそう乏しいことになりますので、必死に説明し要求した結果、その担当者自身が倉庫へ行って1袋ずつ調べるという献身的な努力によって解決することができました。
 この事件はこれで終ったのですが、でも考えてみればオカシナ話です。

)))どっちが未熟?(((
 そんな大まかなやり方で商売が成り立って来たとするならば、焙煎業者の方は今までどんな方法で自社のコーヒー豆の品質を管理されて来たのでしょうか。
 それともこんなことをいっている我々の方が技術が未熟で、他の焙煎業者の方たちは、どんなに青い生豆を浅く煎っても酸や渋味を押さえることのできる方法や、枯豆を強煎りにしても十分な酸が残っている焙煎方法をご存知なのでしょうか。
 もしそのような技術があるとしたら、焙煎に素人の私にぜひ教えてもらいたいと思います。
 なお、念のため申し添えておきますが、この話は生豆問屋数社とのやりとりを一つの話にまとめたものです。

インスタントコーヒー再び増進


1974年10月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
kyowakoku1974-10-150-240

この現象を惹起したのは誰か?

 食品商業9月号(商業界刊)や国際食品商業9月号(国際商業研究所刊)やサンケイ新聞経済版(9月11日付)などの伝えるところによると、最近再びインスタントコーヒーの伸びが目立ってきたということです。
 その理由について、各誌ともに昨年まで急速に伸びていたレギュラーコーヒーの増進が止り、代ってインスタントコーヒーが再び勢いを盛り返したというふうに述べています。

▲面倒くさいというけれど▲
 レギュラーコーヒーの伸びが止った理由としては、不況・節約ムードのため伸び悩んでいる(サンケイ新聞)というような見方もあるようですが、私は一概にそのように受け取れません。
 なぜならば、私の主宰する珈琲専門店のフランチャイズチェーン「ぽえむ」に限っていえば、コーヒー豆の挽き売りはチェーン全体で前年対比の300パーセントの成績を残しているからです。
 また、個々の店における前年対比の売上の伸び率は新規開店のもので100~200パーセントの伸び、開店後数年たった店でも30パーセントは伸びているからです。「ぽえむ」チェーンでは、コーヒー豆の小売価格を昨年比改訂していませんから、売上げの伸びは需要増と考えてもいいわけです。
 さて、それならなぜインスタントコーヒーが再び勢いを盛り返し、レギュラーコーヒーがペースを落したのでしょうか。
 その最大の原因は、やはり面倒くさいということにあるのではないのでしょうか。
 メリタやカリタという商品で知られるペーパーフィルターという便利なものがありながら、なぜかわが国のコーヒー屋さんは、サイホンのように高価で壊れやすく、必ずしも美味しいコーヒーが抽出できるとは考えられないものを愛用しています。
 その結果、どうしても手間がかかりすぎる割に、美味しいコーヒーが得られないということになりがちなのです。その上、もっとも悪いことには、世界的な値上がりを見越して買い込んだ安豆のストックが、商社や生豆問屋の手元にゴッソリあって、それを使い切ってしまわない限り、美味しいコーヒー豆が輸入されないという有様なのです。
 聞くとことによると、ブラジルなどではコーヒー豆の入出がふるわず、ブラジルコーヒー院では大幅なリベート政策をとってまでコーヒー豆を売り込んでいるようですが、なかなか上手くことが運ばぬようです。

▲コーヒー業界の崩壊?▲
 その一方では、わが国のように決して安くない粗悪品をゴッソリ買い占めたおかげで、今になって消費にやりくりしているようなところもあるのですから全く妙な話です。
 このような状態が続くと手間のかかる割にたいして美味しいコーヒーが楽しめないレギュラーコーヒーよりも、手軽にコーヒーを飲むことのできるインスタントコーヒーの方がいい、という人たちがふえていくのは当然のことでしょう。
 コーヒー業者、特に焙煎業者の方たちは、もういい加減に業界の将来ということを真剣に考えて、行きあたりバッタリにコーヒー専門店の開業をすすめ、サイホンコーヒーの店などという家庭用のコーヒーの需要とは関係のないことばかりやっていないで、手軽に美味しいコーヒーが抽出できる器具の開発などに本気で取り組んだり、良質の美味しいコーヒー豆を提供することを現実に行っていかないと、今に業界そのものが崩壊することになりかねないと思います。
 恐らく、焙煎業者の皆さん方は、私のような駆け出しの若僧のいうことなんか、何をいうかとお考えでしょうが、あのコーヒー大国アメリカでさえも、パーコレーターやインスタントコーヒーの普及に伴って、コーヒーが美味しくない飲料の仲間入りをし、年ごとに需要が減少しているとのこと、わが国とても例外ではないと思います。
 でも、考え方によれば、そのような考えの方がたくさんいらっしゃればいらっしゃるほど、強力な競争相手が減って、私ども駆け出しには仕事がやりやすいようです。

▲同じファクターで考える▲
 とにかく、今までのわが国のコーヒー業界は、レギュラーコーヒーとインスタントコーヒーとは、まったく別物という考えが業界を支配していたようですが、ここへ来て我々コーヒー業界に携わる者は、考え方も一新して、インスタントコーヒーもレギュラーコーヒーも同じファクターで考えるようにしなければならないということがいえましょう。
 もし、いまだにレギュラーコーヒー業界は別だというような方がいれば、その人の将来は将にお先まっくらでしょう。