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1972年4月~1975年4月 (株)日本珈琲販売共同機構 創業者 故 山内豊之氏 コラム 全36号

珈琲野郎のコーヒー党宣言 業界の妨害に応える


1973年8月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
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 過日、第一コーヒー店の高橋専務とお話をする機会を得た。
 高橋さんとは、喫茶店経営の対談でお会いして以来のおつきあいである。お互いに忙しい身なので、お話をする機会はほんの数える位しかないのだが、お会いするたびにその見識の高さと知識の豊富さには敬服させられてしまう。
 こわいもの知らずのように見える私だが、これでも結構心の中では頭が上がらないとおもっている人がいるものである。高橋さんもその一人である。ぜひ一度ご一緒に仕事をさせていただいて、氏の持っているものを大いに吸収させていただきたいと思っている。
 さて高橋さんとお会いしたときの話だが、私は次のようなことを申し上げた。
「私はもうコーヒー業界自身の手による業界革新は断念しようと思う。なぜなら、業界に革新の意識のあることは認めるが、現体制にガンジガラメになってしまって、現状では身動きができないありさまである。
 だから、業界の近代化を達成するためには、外部の力(スーパーマーケット等の流通資本や外資系企業)を利用して、業界の現体制を破壊し、その上で新しいコーヒー業界モラルを確立するべきだと思う。
 私としては、戦略的には巨大資本の業界介入に手を貸すと同時に、戦略的にはそれらを巨大資本では絶対やり得ない手法によって、我我チェーン網を確立していくつもりである。」
 高橋さんにしてみれば、私が破壊をもくろむ当事者であるので、困惑された様子であったが、それでも私の話をよく聞いてくださった。
 正直な話、高橋さんのような方と話をしていると、そのようなことを言ってみたものの、業界にもこんな方がおられるのだから、まだまだ既存のコーヒー業界に望みがないわけではないとも思うのだが、日常我々が体験していることを考えると絶望的かつ不愉快なことの方が多い。
 その最たるものは、取引先であるキャラバンコーヒーに対する業界の圧力である。

【コーヒー業界に一言】

 私の直接的な質問には答えてもらえないが、聞くところによると、コーヒー商組合や商社・生豆問屋筋から、私の発言に関して黙らせろという圧力がかなりかかっているらしい。どうもそれらの話を総合すると、日珈販はキャラバンコーヒーの子会社だと思っている向きが多いようである。
 この際ハッキリしておくが、キャラバンコーヒーと日珈販との関係は古い取引先という以外の何物でもない。こんなことを書くと、またまたキャラバンコーヒーに迷惑がかかるので、そのようなデマに対しては黙殺してきたのだが、最近、日珈販への加盟希望者や取引銀行からキャラバンコーヒーとの関係を聞かれたりするので、あえて言及した次第である。
 コーヒー業界の方と一人一人話し合うと、皆さんはとても理解のある方なのだが、業界としてまとまると何となく私を危険人物視しているようである。いくら危険人物視されようと私は結構だが、そんなことで日珈販がつぶれるようなことにでもなったら、私はそれによって残された負債を返すために、いっそうマスコミにコーヒー業の恥部を売り込んであばきたてるだろうし、巨大資本の手先となって現在のコーヒー業界の破壊に手を貸すだろう。
 その時点では、私自身コーヒー業界において失われたものはないのだから、思いのまま暴れればよいのである。
 もしそのような事態にでもなろうものなら、得をする人物はだれもいないのだから、反論があれば正々堂々と私に直接いえばいいのである。取引先に圧力をかけて何かしようというのは、私のいうことが正しくて言い負かす自信がないからに違いない。
 そうでなければ私のような若僧の言うことは問題にしないで、放っておくはずである。

【日珈販は顧客の立場に立つ】

 この機会にもう一言付け加えれば、どんな妨害があっても絶対に日珈販は崩壊しないだろう。なぜなら、今のコーヒー業界のあり方が、業者の作ったものを何でも売りさばこうというのに対して、我々日珈販は、顧客の求めるものをメーカーに作らせて売ろうという考え方に立っているからである。この両者のどちらが栄えるかは、ダイエーがあれだけの妨害を克服して日本一になったのを見ても明白である。
 私共はきっと、コーヒー業界のダイエーになってみせるだろう。

珈琲野郎のコーヒー党宣言 コーヒー業界は戦略的に協調すべきである


1973年9月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
kyowakoku1973-9-150-240
 今年の夏は十数年ぶりの暑さで誠に猛烈だった。残暑もかなりのものである。
 しかし私にとって8月は気分の良い猛暑であった。
 というのは、先月号であのようなことを書いたのでどんな仕返しをされるかと内心ビクビクしていたのだが、おかげで旧友のアートコーヒー千葉営業所長の門脇茂君や営業本部の安原課長と一夜歓談する機会を得たし、かつてたいへんお世話になった西角常務ともお会いする機会を得た。また第一コーヒー店の高橋さんからもぜひ一度ゆっくりやりましょうというお誘いもあり、今から非常に楽しみにしている。
 また、某デパートから資金の面倒をみるから出店しなかという話もあり、猛暑などつい飛んでしまう朗報続きであった。
 ところで私とアートコーヒーとは変な取り合わせのようだが、カラクリを言えば不思議なことではない。
 ほかから見れば、私はアートコーヒーや木村コーヒー店等を目の敵にしているかにみえるだろうし、事実そのような節がみられるのだが、実際は私にとって両者は師であるのだ。
 私は、今まではまるでペーパーフィルターによるコーヒーの抽出に関しては、日本一のように言ったり事実その通りだと思ったりすることもあるのだが、それを逆算すれば現木村コーヒー東京支店長の村上さんが、私にカリタの1セットをくださったのに始まっている。
 そして私にコーヒーの基礎を叩き込んでくださったのは高島君子先生である。
 私は今コーヒー豆のテイクアウトで成功しているがこの下地を造ったのも先に述べたアートコーヒーの西角常務が、当時直営店以外では売っていなかったパンを私に特別のはからいで売らしてくださったことに発している。こんな言い方をするとお叱りを受けるかもしれないが、当時のアートコーヒーのパンは品質・値段共に最高であった。そして客の方でもアートのパンといえば遠くから電車に乗ってでも毎日買いに来てくれたものである。そのときの経験が今日のぽえむの最高の品質のものを売れば、たとえ値段が高かろうとも絶対に売れるとの信念をもたらしているのである。その他の点においても、私はアートコーヒーから教えられる点は実に多い。たとえば[創られた味]というキャッチフレーズであるがこれなどケダシ名言である。昔はくず豆を配合してコーヒーらしい味を造るのが創られた味かなどと悪口を言っていたが、コーヒーのことがわかるに従ってコーヒーの味は本当は作られるものだとしみじみ思う。私共が発売している「まごごろブレンド」もそのような考えで創っている。
 そのほかコーヒーとパンという最もよく合う飲食物をコンビネーションされようとしたこと、家庭用コーヒーの販売に早々と着手されたことなど敬服させられることばかりである。
 私なんか10年前に若林社長が考えられたことを実行に移しさえすればよいのだから、全く気楽なものである。まだ一度もお話したことがないが、ぜひ一度お目にかかってコーヒーの本道について御教示願えればと考えている。
 さていよいよ今月の30日で第2次国際コーヒー協定が期限切れとなり、新協定では新市場制度がなくなることになるが、わが国のコーヒー戦争もいよいよ戦闘開始ということになる。
 わが国のコーヒー業界はその歴史はじまって以来の試練の場に立たされることになるのだが、この重大時期において我々コーヒー業界に従事する者は、アートコーヒー・キャラバンコーヒー・日珈販といった一企業の問題として考えずに、コーヒー業界全体の問題として捉えて行かなければならないのではないだろうか。
 企業同士の競争は激烈に行う間としても、業界全体の流れという大事な問題については、戦略的に協力しあうことが必要なのではないだろうか。
 我々の言い方としても、たかが珈琲店のオヤジの集団に、我々プロが耳を貸せるかという態度をとらないで、一応は話し合ってみるべきではないだろうか。
 日珈販の加盟店も本年中に20店を超えそうである。この調子ならば首都圏100店月間コーヒー取扱い高30トンも遠い将来ではない。
 月間30トンのコーヒー卸高の規模が、業界でどの位置にランクされるかは、業者の方が十分ご承知のことであろう。
 また新入りが何を言うかというムキには、月間30キロ程度の得意先を大量に抱えてウロウロしているあなた方と、現在すでに月間平均150キロを消費する加盟店を指導している我々とどちらがプロフェッショナルなのかトクと考えてみられよと申し上げたい。

珈琲野郎のコーヒー党宣言 商社はコーヒー豆を買い占めるな!!


1973年10月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
kyowakoku1973-10-150-240
なくなった□■□□特恵制度

 第2次国際コーヒー協定の期限が去る9月30日をもって満了し、10月1日より第3次国際コーヒー協定が発効されることになり、これによって我国のコーヒー業界は新しい局面を迎えることになりました。というのは、この協定からは従来の新市場制度が撤廃されることになったからです。
 新市場制度というのは本欄でも何度か述べてきましたが、一口に言えば特定の国に限って協定外の安い価格でコーヒーを取引してもよいという特恵制度です。
 我国もかつてはコーヒーの普及率の低い国というので協定発足当時から新市場国の指定を受けていましたが、今後は新市場という制度自体がなくなってしまったのです。その理由は、国際コーヒー協定が生まれた当初の世界のコーヒー事情は生産過剰気味で、コーヒー協定も生産国が消費国の買い叩きを阻止するために作ったものでした。
 ところが最近では産地側の生産調整とコーヒー需用の伸びから需給のバランスが逆転し、当初と反対に消費国が生産国からの輸出割当を得るための協定となってきています。
 新市場制度自体も元来は余剰コーヒー豆の処分が目的でしたので、余分のコーヒー豆がない現在では全く意味のないものとなってきていました。それで新市場制度が撤廃となったのですが、私はこの制度のもつ恩典であった余剰コーヒー豆を安値で買えるという特権の喪失にはあまり遺憾の意を抱きません。むしろ賛意を表したいほどなのです。
 なぜならば、我国のコーヒー業界は多年この特恵制度を悪用して安価で粗悪なコーヒー豆を輸入し、コーヒーの味の低下の原因となっていたからです。この制度がなくなり粗悪品との値幅が少なくなれば粗悪な安物を輸入する妙味がなくなり、結果としてコーヒー豆の向上・味の向上につながると考えられるからです。

大資本の□■□□買占め反対

 むしろ私は、新市場国であったがための制約、すなわち新市場国は新市場国以外の地域にコーヒー豆を輸出することを禁じていた制約のなくなったことの方が重大な意味を持つのではないかと思います。
 これをもう少し説明しますと、新市場国である我国の商社が一度買付けたコーヒー豆に関しては、新市場国以外のへの輸出は禁じられていました。すなわち、一度買付けたコーヒー豆は事実上輸出できず、我国内で消費しなければならなかったのです。したがって、商社がコーヒー豆を買占めても、結局は国内で消費しなければならず、それはダンピングを意味するので、決してうま味のあることではありませんでした。
 しかし、新市場制度がなくなるとどこへ売ってもいい訳ですから、日本の商社の海外でのコーヒー豆買い占めも考えられる訳です。
 現に昨年の墓商社側は米の買占めで悪名高い丸紅をはじめ三菱商事、三井物産等が首都圏のコーヒー焙煎業者を集めておどかしをかけた事実を知っています。表向きは“最近のコーヒー豆の取引状況の説明会”ということでしたが、「国内相場が低すぎる場合はオファーを出さない」とか「品物を第三国に売る」とかのご発言があったようで、これは客観的には“おどかし”以外の何物にも受け取れません。
 私は商社の買占めすなわち悪とは考えていません。商社の側でおっしゃる通り品物の供給を確保するための正当な機能であることは充分に認めます。
 しかし、現実に買占めによって値上がりするということになれば、これは買占めすなわち悪と考えざるを得ないでしょう。
 もしも商社の方達がおっしゃるように、買占めという行為そのものが品物の安定供給をめざすものであるならば、商社は買占めによってむしろ値上がり前の安い価格で品物を供給するのが当然といえます。それを安定確保と称して品物を買占め、品物が値上がりしたところでその相場の価格で売るのでは、格好のいいことを言ったって通りません。
 コーヒー業界でもし今後そのようなことが行われるとしたら、我々コーヒー党としては黙っている訳にはいかなくなります。
 この珈琲共和国も発行部数が5000部を越え、年内に開店するぽえむの分を計算すれば7000部も間近です。来春には10000部を越えるでしょう。そしてこの読者達の数十倍のコーヒー党がいる訳です。
 もし商社が我々を弱小とあなどって無体を働くならば、我々は総力を挙げて戦うことになるでしょう。
 ベトナム戦争において巨大な力を持つアメリカは、その力でベトナム人民の戦いを封じることができず、逆に敗北を喫しました。
 商社もその力を過信すれば、必ず我々コーヒー党の人民達の正義の戦いの前に屈することとなるであろうことを、肝に銘じておかれるがいいと思います。


珈琲野郎のコーヒー党宣言  焙煎業者はフランチャイズをなめるな!!


1973年11月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
kyowakoku1973-11-150-240
フランチャイズシステムとは
 第二次大戦後アメリカにおいて急成長を遂げ、一躍流通システムの寵児となったフランチャイズシステムが、我が国でも数年前から取り入れられ、最近では産業界がネコもシャクシもフランチャイズ導入といった感すらあります。コーヒー業界においても多くの企業がフランチャイズシステムに着手しており、一部にはすでにフランチャイズと称して加盟店を募集しているものもあります。
 私共ぽえむチェーンも数年前からフランチャイズシステムの導入を図り、一昨年12月、(株)日本珈琲販売共同機構(日珈販)を設立して以来積極的にチェーン展開を行ない、発足時2店舗であったものが2年未満にして20店舗という急成長を遂げて参りました。
 他から見ると、私共のようなチッポケな会社がフランチャイズシステムを導入し、ある程度の成果をあげているものですから、大企業にしてみれば自分たちでも簡単にできそうに思うのも無理からぬ話です。
 ところで、そのネコもシャクシものフランチャイズとは、いったいどのようなものでしょうか。
 我が国フランチャイズ業界で唯一の公式機関である社団法人日本フランチャイズチェーン協会では、フランチャイズシステムを「フランチャイザーがフランチャイジーとの間に契約を結び、自己の商号・商標その他の営業の象徴となるものおよび経営ノウハウを用いて、同一とみられるイメージのもとに商品の販売その他の事業を行なう権利を与え、一方フランチャイジーはその見返りとして一定の対価を支払い、事業に必要な資金を投下して、フランチャイザーの指導および援助のもとに事業を行なう、両者の継続的関係をいう」と定義していますが、現実問題としては、フランチャイズの先進国アメリカでさえも、これがフランチャイズであるという定説はないようです。

フランチャイザーの実際
 さて、フランチャイズの理論的な解明についてはその道の学者先生にお任せするとして、現実にフランチャイズシステムのオペレーションを行なっている私共はたいへん貴重な体験をいたしました。
 加盟店の皆さん方は、数年、数十年もかけてコツコツと骨身を削って貯めたお金や、自分の退職金や大事な財産を売ったお金、親・兄弟・友人から借金したお金や銀行から借りた金利のつくお金など、まさに命の金といっていいようなお金を事業に投資します。そして我々は、その命がけのお金が必ず生き続けるよう請け負わされているのですから、並のことでは済まされません。そのためには、過去の実績に対する正しい分析とその評価に基づいて割り出された適切な営業のやり方を指導するわけですが、それとても現実に良い成績となって表われるまでは、その方法がほんとうに正しいかどうかわからないのですから、指導する我々はトコトン神経をすりへらしてしまいます。
 それほどの思いをしてもそれでもなお充分であるとはいえない思いを続けているわけですが、地方ではあまりにも安易にフランチャイジーの募集を行なっているフランチャイザーがいるのには驚かされてしまいます。特にコーヒー業界における珈琲専門店のフランチャイザーに多いのですが、それらのザーたちは、たぶん仕事の恐ろしさというものを知らないのでしょう。

フランチャイズをなめるな!!
 フランチャイズをやればコーヒー豆がたくさん売れるだろう、珈琲専門店が流行だから珈琲専門店のフランチャイズをやれば加盟店がふえて売り上げが伸びるだろう、珈琲専門店のフランチャイズをやらなければ時代おくれになってしまうなどという安易な考えでやられているのでしょう。
 私にいわせれば、焙煎業者がフランチャイザーをやれる道理がありません。なぜなら、フランチャイズシステムというものは、お客様の中で、フランチャイズに加盟したものだけを特別に大切にするという差別政策が根本になっているからです。他と差別してくれないのなら、何も高い金を払ってまで加盟者になる必要がないのですから、差別は当然の義務です。他方、差別された方はどうかというと、あの店のコーヒーが評判がよいようだが自分の所へも同じものを持って来いと要求するでしょう。
 こうなった場合、現在の焙煎業者はどうするでしょうか。やはり、圧倒的多数の非加盟店の方に傾かざるを得ないでしょう。
 こんな簡単なことですら解決していないで、フランチャイザー顔をされてはたまりません。
 我が国のフランチャイズもこれからです。このすばらしい流通システムを育てるためにも、私は、フランチャイズをなめるな!!といいたいのです。

コーヒー党宣言 フランチャイズの本道は消費者への忠誠心


1973年12月1日コーヒー党の機関誌「珈琲共和国」より
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珈琲共和国も本号をもって24回目の発行日を迎えました。月刊で途中一度合併号がありましたから、これで第3年目に入った訳です。
 お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、本欄のタイトルを今回より再び「珈琲野郎のコーヒー党宣言」から「コーヒー党宣言」に戻し、筆者も(株)日本珈琲販売共同機構(日珈販)の代表者という立場から執筆すべく肩書きも入れさせて頂きました。
 それというのは、ほんの内輪だけのために「プチぽえむ」という名前で始めた本紙が、この号ではついに発行部数6000部(有料購読者数2000名)に達し、関係業界でも非常に注目を浴びるように成長し、面白半分の態度ではものを書くことができなくなったからです。
 もちろん、今まででも無責任な態度で書いてきたのではありませんが、いっそうエリを正して書くべく、筆者の気持ちをより引き締めるためにそうさせて頂いた次第です。

【消費者も選別能力を】

 さて、先月号では私はフランチャイズシステムがメーカーや卸問屋の手でやれるものではないということを述べました。そこで今回は少しフランチャイズのあり方について述べてみたいと思います。
 一般の読者のみなさまはそんな商売の内部のことなど興味がないとお考えになるかもしれませんが、実のところ資源不足が深刻な問題となりつつある今日、一般大衆の方々がフランチャイズの本質というものをよく理解し、そのシステムによって売られる品物を選別して買わないと、粗悪品を高く買わされる結果になります。
 だから、コーヒー党の皆さんは、これからいろいろなコーヒー業界のフランチャイズと称されるものが皆さんの前に現れるでしょうが、フランチャイズだから全て美味しいコーヒーが飲めるのだと盲信しないで、よいフランチャイズの機能を果たしているフランチャイズを選別してコーヒーを飲み、コーヒー豆を買ってもらいたいと思います。
 もちろんその選別の対象として日珈販のぽえむ・まごころチェーンも例外ではありません。

【フランチャイズのあり方】

 フランチャイズシステムとは、本来小売店(末端販売店)の一番都合のよいシステムなのです。すなわち、その加盟店では原則として全店同一の商品を同一の価格で売り、独占的商品を設定して競合を避けているのですから、当然その商品については一般消費店はいやが応でも店の指示する価格で買わされます。また、問屋やメーカーは商品をドシドシ売りたくてもその商圏内にある店は加盟店一店しかなく競合させて売るわけにいきませんから、普通の販売システムと違って売上の拡大を強力に促進することもできません。
 このように、メーカーや問屋や消費者に不都合にみえるシステムが、何故取り入れられ急速に発達しようとしているのでしょうか。
 それはどうしてかといいますと、この不都合なシステムがフランチャイズの本部のモラル如何によってはメーカー・問屋・消費者・そして販売店の4者みんながプラスになるようなシステムに変わるからなのです。言いかえれば、それこそフランチャイズシステムの本来の機能であるということなのです。
 それはどういうことかと申しますと、拘束力の全くない自由な市場ですと、自由競争等が行われます。
 それは確かに消費者に安く品物を提供するということで大きなプラスがあります。しかしその反面、マージンの低下による販売店の経営悪化の外に、メーカーサイドにおいても、みせかけの値下げ競争に走る傾向があります。たとえば、何割引とか称して売っているものが、元々低価格で売るために作った低級品であるというようなことです。
 公正取引委員会が、再販価格維持制度の撤廃と同時に廉売規制に乗り出したのはそういうことなのです。
 我々コーヒー業界もコーヒーという一見識別のなし難い商品を扱っているだけに、価格競争を低品質、低価格品を混入することによって解決しようという動きが主流を占めている訳です。
 焙煎業者だって本当は、そんなものを売りたくないのですが、値段で競争させられるので仕方なくくず豆を混ぜて売っています。日珈販では、よい品質の豆を消費者に提供するためにフランチャイズシステムを導入し、消費者たる皆さまコーヒー党の支持により急速に展開しつつある訳なのです。